
原点は「スポーツでメシ食いたい」
■まず、創業の経緯について教えてください。
もともとの原点でいうと、私は学生時代にスキーの選手だったのですが、卒業後はスキーでメシが食いたいなと思ったんですよ。
そしたら周りの大人から「おまえ、スポーツなんかでメシは食えないよ」という風に言われて、半ばあきらめて社会に入りました。
たまたま運良く広告代理店に入社できて、当時のスポーツマーケティングの走りなのですが、F-1を活用したマーケティングの仕事をやらせてもらったのです。そこで「スポーツもビジネスになり得るんだな」と知ったのがまず一つ。次に、この代理店で営業のノウハウをいろいろ学んでいたのですが、ある年、営業マンとしてスポーツメーカー(デサント)の門をたたいたのです。それがきっかけとなってスポーツメーカーのマーケティングもやるようになった。スポーツってビジネスになる、という感覚を強くしました。
そうして、スポーツメーカーの側からだけでなく、選手側から見たビジネス(後述)もこれからはあり得るなということに気づいていったのです。
1998年に長野オリンピックが開催されることになっていましたが、それに向けて日本のスポーツ需要も高まっていくだろう、自分なりのやり方が仕事になっていくのではないか、という確信もあって、広告代理店を辞めて1996年11月に創業しました。
まず器をつくっちゃえ
■ゼロからの創業は大変だったのではないかと思いますが。
実は私の実家は食料品店で、私はそこの長男でしたから、将来店を継ぐべき人間としての教育を家庭で受けてきました。そのせいで、いずれは自ら商売をするんだという感覚があったのと、一方、家業を継いでも(その業態のままでは)将来は明るくないだろうという思いがあったのです。
もうひとつ、ある本と出会ったことがきっかけとしてあります。
『スポーツビズ』という本で、アメリカのスポーツビジネス界を詳しく取材した本です。IMGの創業者マーク・マコーマックとアーノルド・パーマーの関係など、アメリカでは30年も前からスポーツがビジネスとして動いている。一方、私が広告代理店で実施していることはその本で書かれている大きな仕組みの一部(点)だったんです。日本でも、いずれは点と点がつながって線になるだろうと予測しました。そこで、とりあえず「器」をつくれば、自分と同じようにスポーツでメシを食いたいと思っている人が他にもいるわけで、その人たちのためにもなるんではないかなと。「まず器をつくっちゃえ」ですね。
■では会社名も迷わず決められたのですか。
そうですね、当時「スポーツは“やる”もの。仕事ではない」というのが通念だったので、スポーツとビジネスのふたつの単語を掛け合わせるというのは、私にとっても衝撃だったのです。やはりこの名前がふさわしいだろうと。
■創業初期の頃の苦労話や飛躍のきっかけというのは何かありますか。
まだ飛躍はしてないんだけどね(笑)。
一つ、強く記憶に残っている映像があります。15年ほど前の日の朝、テレビをつけたら、ある日本人が冬期オリンピックで日本の国旗を振ってゴールしてくるんですよ。
■荻原健司さんですね。
はい。見た瞬間に「すげーやつがいるんだな」と思ったと同時に「日本のスポーツもこれから変わるな」と感じたのです。そして「こういう人と仕事がしたい」と強く思った。時期は異なるのですが、彼がたまたまデサントのウェアを着ていたんですね。それで、デサントにかけあって、彼のような人物をプロモーションの顔にしましょうと提案し、両者を結びつけることに成功したのです。
その後、F-1のスポンサーだったエプソンのプロモーション予算を長野オリンピックに振り向けていただく提案が成功したのも創業のきっかけとして非常に大きかったのですが、荻原兄弟あってのことです。
社会性のあるアスリート
■現在のビジネスの状況を教えてください。
アスリートのマネジメントを基盤にしながら、選手それぞれに関連するスポーツコンテンツ(イベント、テレビ番組等)を開発し、運営するのが基本。その上で、さらに事業やコンテンツを媒体各社や一般企業にスポンサーシップとして提案・提供していくというのが基本的な流れです。それぞれが売上の立つビジネスモデルになっていて、全部をあわせたところに我が社のビジネスがあるわけですが、スポーツ選手から見れば「競技に集中できる環境づくり」という視点も重要です。球団との契約代行や各種データの収集、フィジカル面でのサポートなど。
コンテンツの制作でいうと、例えばスノーボーダーのアイデアを活かして室内のジャンプ大会をつくったり、当社がかかえているタレントを司会者に据えたTV番組の企画や、スポーツ指導者が主役となるイベントを開いたり。
■いろいろな事業が展開できますね!
そうですね。一つ一つを具体的に話すと非常に深いものとなります。
■所属しているアスリートは何名ですか。
現役選手が12名、スポーツ文化人が12名(2007年6月時点)です。
■アスリートにとっては狭き門ですね。どのような視点で人選をするのですか。
単にスポーツが強いという視点ではなく、「社会性がある人かどうか」が重要になります。「社会性」というのは、例えばその人の発言が一般のお茶の間の人に対して影響力を持つとか、勇気を与えることができるとか。こういう人物が世の中にはいるんです。
スポーツ紙の一面よりも一般紙の中面に写真付き囲み記事で取り上げてもらえるような人。負けても勝っても一般紙で大きく取り上げられるような人ですね。
これは実は、アメリカの状況と少し違っていて、日本独自のマーケティング手法になっています。
スポーツを支える人の成功を
■将来の展望をお聞かせください。
目標は、メードインジャパンのスポーツマネジメントシステムをソフトとして海外に輸出していきたいということです。日本的なきめ細かさをアメリカのスポーツマネジメントスタイルに付け加えていくと、真のグローバルスタンダードができると思う。
1930年代から、アディダスなどのスポーツメーカーがモノづくりの会社としてスタートし、その延長線上でスポーツ選手を援助したりしてきた。私たちは、簡単にいえばその逆のことがしたい。スポーツ選手とその周辺のコンテンツに付加価値をつけて、それを企業に売り、社会に広める。私たちがその付加価値を活用してさらなるコンテンツをつくる。いずれはモノづくりもできるでしょう。日本の現状は、著名な(すでに著名になっている)スポーツ選手との取り組みからビジネスがスタートします。しかし目を転じて芸能プロダクション等を見れば、才能の発掘や育成からビジネスを構築しており、株式上場モデルにもなっている。米国のスポーツ業界では、3歳・4歳くらいの時点から才能を育てており、当然ながら規模も収益性も日本とは段違い。私たちも少しずつそのようなインフラづくりに取り組んでいきたいですね。
①スポーツをする人の成功を願いながら、②観る人の感動を作り出し、③それを支える人の成功を目指しているのです。支える人とは誰かというと、当社ですね。もちろんそれだけでなく、テレビ局や広告代理店の人、教師やコーチや解説者など多数の人々が含まれます。「支える人」が成功してその底辺が拡がれば拡がるほど、「ピラミッドの頂点」が高くなる。すなわち、日本のスポーツが強くなる。これまでは、底辺のところがボランティアで支えられてきたのですが、そこをビジネスにしていかないと長続きしていかないし拡がらない。私は、ビジネスとしてスポーツに関わる人たちに、成功のための良き精神と仕事の生み出し方を広めていくことをしたいのです。
原点の話に戻りますと「スポーツでメシが食える」市場を私たちは自らつくっているのだということです。
■なるほど!「スポーツでメシが食える」というのが大変魅力的なフレーズに聞こえます。本日は大変ありがとうございました。
(聞き手:弊社代表須田)
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